ナンシーは、フランス北東部のアール・ヌーヴォー発祥の地としても知られる美しい街です。私はこの街で生まれました。
オークションハウスの家系で生まれ育ち、常にクラシック音楽やアンティークが身近にある環境の中で過ごしてきました。
音楽の道はピアノから始まり、絶対音感を持っていたことから、次第にヴァイオリンの方へ進んでいくようになりました。
ナンシー音楽院において、ソルフェージュ(12歳と言う破格の若さでの金メダル受賞)、ヴァイオリン(満場一致での一等賞)、室内楽(一等賞)を修了後、1999年にクレモナに渡り、弦楽器の製作を学び始めました。
学びの年月を通し、私は素晴らしい職人たちに恵まれ、指導を受けました。
ロレンツォ・マールキ(マエストロ・リウタイオ)からは、仕事に対する愛情、忍耐、厳しさ、曲線の調和、そして常に道具の切れ味を保つことの重要性を教わりました。
ジャン=フランソワ・ラファン(弓鑑定家の権威)からの惜しみない知識の共有のもと、私はアンティークの弓への尽きることのない情熱を抱くようになりました。
グァルネリ・デル・ジェズ製作のポシェット
『ディツィオナーリオ・デイ・リウターイ』
Violinmakers ‘500 - ‘800, Cremona
Giramondo Libri s.n.c, 2007
卒業論文が2007年に出版されました
クレモナ国際弦楽器製作学校にて
ロレンツォ・マールキと共に
ロレンツォ・マールキと
ジャン=フランソワ・ラファン
笹野光昭(ステファン・トマショの元生徒であり、世界的に有名な弓製作家)からは、短期マスタークラスを通じて、現代の優れた弓製作の基礎を学びました。
笹野光昭と長時間に渡る弓製作の講義を終えた後
フランスの弓に関する技術的な特徴を深く知るため、1996年以降に出版された弓に関する全ての書物を読みました。
また、学問的な学びに加え、最も権威あるオークションにも足を運び、年間で千本以上の弓を研究しています。
それらの研究により、鑑定書に注意深く目を通すことで、記されていることだけでなく、記されていないことについても詳細に理解できるようになりました。
音楽家の意見は私にとって非常に重要であり、特別な関心を寄せております。
長年にわたり培ってきた観察眼、記憶の蓄積、比較検討、そしてアーティストとの対話や、トップクラスの鑑定家の方々との交流が、私を日本における弓の第一人者に育て上げてくれました。